ページの隙間から失礼します。てるまれです。
今回は、『君の膵臓をたべたい』など、多くの話題作を手掛けた住野よる先生の『歪曲済アイラービュ』をご紹介します。
はじめに
『歪曲済アイラービュ』はどんな人にオススメ?
- ありえないとは言い切れないフィクションに身を委ねたい人
- 愛おしい日常を改めて実感したい人
- ぶっ飛んだエンタメ小説を読んでみたい人
突然ですが、あなたの目の前に「世界の滅亡を予言する謎の生命体」が現れたとします。
この謎の生命体は他人には見えず、あなたの言葉を信じてくれる人は周りにはいません。
そんなとき、あなたはどうしますか?
滅亡の予言を信じたとして、どんな行動を取りますか?
悲しみ、嘆き、絶望の中で、滅びゆく世界を眺めるのか。
発狂し、身に宿した欲望と共に、最後の時を迎えるのか。
本作『歪曲済アイラービュ』は、滅びの予言を伝えてくる謎の生命体に寄生された人々を描く短編集。
多種多様な人物たちが、迎えるであろう滅びまでの間、一体どんな選択を取るのか。最高で最悪なこの物語の魅力を、少しでも伝えられたらと思っております。
小説評価グラフ

下記グラフは、あくまで私個人の評価となります!


あらすじ
底辺YouTuberの生配信チャンネル「こなるんの予言ちゃんねる」で告げられたのは「世界の滅亡」。嘘か真か一切不明、けれど同じように「他人には見えない不思議なもの」が見え始め、終末を確信した者たちは、最後の行動に出る。
住野よる『歪曲済アイラービュ』 新潮社
ずっと「いい子」だった女子高生も、本当は悪魔だという先生も、幼馴染の前で精神的自傷行為を続けてきた大学生も、職場の先輩のお料理教室に通っていたOLも、妻に愛の音楽を奏でる青年も、獣のように無垢な少女も。クレイジーなこの世を走り抜くために、皆「まとも」なままじゃいられない。振り切れた彼らが、なりふり構わず向かった先は――。
解説レビュー
底辺YouTuber・こなるんの予言ちゃんねる
本作は1つ目の物語、『滅亡的サボタージュ』から幕を開けます。
自身の持つYouTubeの個人チャンネル「こなるんの予言ちゃんねる」にて、不定期に配信活動を行う底辺YouTuber・こなるん。
世界が滅亡することを知ったこなるんは、会社を辞め、人生でやってみたかった色々なことに挑戦する日々を過ごしているのでした。
「世界の滅亡を告知する不定期生配信チャンネル」として立ち上げられた彼女のチャンネルは、配信主のこなるんがお酒を飲みながら滅亡する世界についてゆるりと語るという、なんとも怪しげなもの。
こなるんが数人の視聴者と会話を繰り広げていると、新規視聴者の1人が質問の声を上げました。
「世界が滅びる根拠は?」、と。
彼女は質問に答えます。
今現在、この部屋いっぱいにいる色んな形のちっこい奴らが見えてる人いますか? 浮いてるのもいるし、船の上でうろうろしてる奴らもいます。今私の手の甲にも一匹乗ってる。形は虫みたいなのとか、雪の結晶みたいなのとか、色はまばらなんだけど時々急に変わります。今は全体的に緑が多い。あ、あそこのが紫になったから、ちょうど色変わるかも。ほーらほら、ゆっくり紫っぽくなってきた。
住野よる『歪曲済アイラービュ』 新潮社
こいつらね、コミュニケーションとれるんですよ。なんかゲームのピクミンみたいな感じで、個体というより私の周りにいる全体で一つの意思を持ってる感じなんですよね。
住野よる『歪曲済アイラービュ』 新潮社
”こいつら”と呼ばれた、こなるん以外には見えない摩訶不思議な存在。それが彼女に世界の滅亡を伝えているというのです。
精神に異常をきたしている、もしくは怪しげな宗教に入っていると思われてしまったのでしょう。
心無い視聴者によって配信は荒らされ、それを他の視聴者たちが咎め、徐々に配信は盛り上がりを見せていきます。
世界の滅亡がどんな形で人間社会に影響を与えていくのか、そう読者が考えるようになってきた頃。急ブレーキを踏むように、突如物語は幕を閉じるのです。
お、スパチャありがとうございます! エーケーエーから初スパチャ! 砂漠のように乾いたコメント欄でオアシスのような五百円ですね。普通に良い話してる、と、最後までちゃんと聞いてくれてどうもありがとう<千葉 aka 東京>さん、やっぱ千葉県以外には優しいんだな。あなたの来世に幸あ
住野よる『歪曲済アイラービュ』 新潮社
「あなたの来世に幸あれ!」。そう叫ぼうとしたこなるんの声は、視聴者と読者に届くことはありませんでした。
一体彼女の身に何が起きたのか。
もしや”こいつら”の予言通り、本当に世界は滅んでしまったのか。
読者は、その真実を探す旅に出発することになるのです。



ライブ配信を文字起こししたような文章に多少の読みづらさを抱えつつも、彼女の不可解な体験と語りに、読者は吸い寄せられていきます。
感染していく”こいつら”
こなるんの配信と時を同じくして、ひとりの少女の人生が狂い始めていました。
それが描くのは、『炎上系ファンファーレ』という物語。
少女の名前は渡辺和香。
こなるんの配信の視聴者だった和香は、いつしか彼女同様に”こいつら”が見えるようになっていました。
”こいつら”が語りかける滅亡が本物だと悟った和香は、自身の通う学校で突如破壊行動を開始します。
大人に好かれるように振る舞う自身を理解していた彼女ですが、本当に世界に滅亡が迫っていると知り、敷かれたレールの上で生きるのは馬鹿馬鹿しいと思ったようでした。
止めようとする教師を相手に大立ち回りを繰り広げる和香の他にも、”こいつら”に感染した人々は大勢います。
背中に彫った入れ墨を隠して生きる小学校の教師。
幼馴染の片想いに気づかないままの女好き大学生。
花の幻覚に苛まれ続けている人気ミュージシャン。
短編形式で描かれる数々の物語は、”こいつら”より滅亡の予言を伝えられた人間たちの選択を描くものなのです。
滅亡が迫り来る世界の中で、彼らはそれぞれどんな選択をするのか。
ここが本作の見どころであり、読者に共感を与えてくれる部分なのではないでしょうか。



どうやら、”こいつら”は人によって見え方が違うようです。虫のようであったり、犬のようであったり、注射器や花なんかにも姿を変えて現します。これがまた不気味なんですよね…。
”滅亡”とは何を指し示しているのか
ページ数的に終盤に差し掛かる辺りに収録されている短編、『小夜曲:セレナーデ』。
この物語は、守という男性に飼われている犬の視点で描かれていきます。
妻であった小夜に失踪され、失意の底にいながらもなんとか日常を取り繕っていた守。
しかし、ふとある日を境に、彼のそばに人間の女の輪郭を真似た真っ黒な影が現れるのです。
そう。こなるんや和香に”こいつら”と呼ばれていた存在です。
今回”こいつら”は、守が失った最愛の人である小夜を真似ることで、彼に接触を試みました。
次第に守は滅亡の予言を信じるようになり、怪しげな連中と交友関係を持ち始めます。仕舞いには、女の形をした”こいつら”に「小夜」と語りかけるようになってしまうのです。
なんとか”こいつら”を守から引き剥がしたい「私(語り部の犬)」は、友人である鳩やキジトラ猫と共に、現状の打開策を模索します。
その際に、語り部である「私」はこう考えたのです。
「昨日も変わらずうちで喋り続けるあれの言葉を聞きながら、考えていた。あれの言う世界とは、何を指すのだろうか。全生物の絶滅という意味なのか。この星という意味なのか、警告している先を考えれば人間社会という意味なのか」
住野よる『歪曲済アイラービュ』 新潮社
この部分を読んだ時、思わず「確かに!」と声を上げてしまったんですよね。
「世界の滅亡」がキーワードとなってくる本作ですが、一体どんな方法で世界が滅びてしまうのかについて、ここまでの話の中で詳しく言及されることはありませんでした。
見えないものが見えるという事実は、人間の当たり前だった価値観を、意図も容易く破壊してみせるのでしょう。
本短編は、自らが寄生されていないにもかかわらず、飼い主に寄生する”こいつら”が見える犬の視点で描かれています。
だからこそ「私」の考察は、作中の「世界の滅亡」を引き金とした事件の数々に対する妙な納得感を、読者に与えてくれるのです。



世界の滅亡を信じる人間の側にいた飼い犬。その視点で描かれるからこそ、世界滅亡への解像度を上げてくれるエピソードを無理なく交えることができているのかなと、私は思います。
表紙の少女は一体誰なのか?
”こいつら”より人類にもたらされた世界滅亡の予言は、どこへ向かっていくのか。それは本編を読んで確かめていただきたいと思います。
さて、本作を書店で手に取り、迷いなく買い物カゴに入れた私ですが、目を引かれたのは住野よる先生の最新作という点だけではありません。
特に私が魅了されたのは、印象的な表紙のイラストです。



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青いレインコートに身を包んだ黒髪の女性が、どこか穏やかな笑みを浮かべて、鉄パイプを握りしめている。
文章にしてみるとかなりのインパクトですが、不思議とイラストからは晴々とした爽やかさが溢れ出ていて、そのギャップに心をギュッと掴まされたんですよね。
ここで疑問に思えてくるのは、この女性は、一体誰なのかということ。
収録された短編に登場する女性たちは、誰も彼もが魅力に溢れていて印象的な人ばかり。
”こいつら”が見える女性YouTuber・こなるん。
こなるんの視聴者である少女・渡辺和香。
周囲に馴染めない小学生の女の子・俵さん。
幼馴染への想いを燻らせる女子大生・絵馬。
タバコの置き引きを繰り返す不良少女・ひより。
職場の女子会に参加する大人しい社会人・烏田。
自由を求めて夫と飼い犬を捨てた主婦・小夜。
このように本作には、社会人から小学生までさまざまな女性が登場しますが、表紙の女性は背格好からは大人にも見えるし、そのあどけない表情は子供にも見えます。
本編にも大きく関わってくるこの女性。彼女が一体誰なのか、想像しながら読んでみるのも面白いのではないでしょうか?



この表紙のイラストを手がけたのは、「いつか」さんという方みたいです! 要チェックですね!
グッときた場面や表現
歪曲している真っ直ぐな愛
本作で読者の心を最も動かしたのは、『地獄行パルクール』という短編でしょう。
この作品は、幼馴染の大学生・六太に想いを寄せる、絵馬という女子大生に焦点を当てた物語。
長い間、恋を燻らせる絵馬と違い、六太にとって絵馬は恋愛対象ではありません。あくまでも「大切な仲間」なのです。
何より辛いのが、絵馬は六太の恋愛対象ではないだけで、六太自身は恋愛にとても積極的ということ。絵馬曰く六太は、中学・高校と多くの女子と恋愛を経験していたようです。
自身の友人とすら恋愛関係に発展していく彼の様子を眺めながら、絵馬は心に出来た傷を慰める日々を送っていました。
さて、この物語で”こいつら”に寄生された人物は誰なのでしょうか?
その人物は、絵馬ではなく六太なのです。
足が5本ある犬のような姿で現れた”こいつら”へ、「キャップ」という名前をつけ可愛がる六太。
キャップから告げられる予言を「仲間」である絵馬に打ち明け、彼女はそれを否定するわけでもなく受け止めます。
想い人から突然告げられた、世界の滅亡。それを起爆剤として、自分のやりたいことを叶えてほしいと六太に告白した絵馬。2人は滅亡までの間、やりたかったことをする活動をじんわりと始めます。
物語は、六太が趣味であるパルクールの練習をしている時に、転換点を迎えます。
2人の間に起こったある事件の後、キャップの姿が見えるようになった絵馬。
六太の言っていた世界の滅亡が本当に訪れることを悟った絵馬は、燻っていた想いを爆発させ、六太と身体を重ねあうのです。
ずっと誰かにそうして欲しかったんだ。早く次の世界で生まれ変わらせてほしかった。
住野よる『歪曲済アイラービュ』 新潮社
幼い頃、公園で出会った2人。互いに顔と名前を覚えあったことにより、六太と絵馬は恋人としてではなく、仲間としての、親友としての運命を歩み始めました。
そんな世界を、絵馬はずっと呪っていたんですね。
愛した人と「仲間」ではなく「恋人」として出会うことができる世界線に、彼女はずっと憧れ続けていたんです。
海の真ん中でも砂漠の真ん中でも鍛えた心身で颯爽と現れて、私の前に立ってくれる、いつか知ってくれる。夢にみてた。でもそれが今世だとは思わなかった。ああもう、本当に、世界が滅びるなんて最高だ。
住野よる『歪曲済アイラービュ』 新潮社
この部分は本作におけるとても印象的な描写ですが、人によってどう受け取るか違ってくるかのかな、と私は思います。
滅亡を確信し、もうどうなってもいいと、やけになって行動してしまったと感じる人もいるでしょう。
ですが私は、悲しいくらいに歪んでいるのに、どうしようもなく真っ直ぐな愛の姿に、心を奪われました。
そう。世界の滅亡は、誰にとっても絶望をもたらす存在ではないのです。
滅亡に希望を見出す人も、こうして確かに存在するのですから。



余談ですが、こなるんの配信に「ウユニ塩湖を肉眼でみたい」とコメントした<さいころしっくす>という視聴者がいました。死ぬ前にウユニ塩湖を見たいと作中で話したのは絵馬なのですが…? 登場人物の誰が、どのこなるんの視聴者なのか、考えながら読んでみるのも面白いかもしれません。
人々を突き動かした滅亡という未来
それぞれの滅亡までの日々を歩み始める人々の中で、印象的だったエピソードがもうひとつあります。
それは中盤辺りで挟まれる『形骸化メンソール』という短編。
これは、過去に罪を犯してしまった浦安という中年男性が、タバコの置き引きなどを繰り返す不良少女・ひよりと奇妙な交友関係を紡いでいく物語。
ひよりから気まぐれでもらった1本のメンソールタバコ。
その味を忘れることができず、銘柄に拘らず毎回違うタバコを盗んでくるひよりに100円を渡して、「当たり」を引くためにタバコを1本もらう浦安。
2人の間には肉体関係も同情もありません。ただひらすらに目的のために出会い、タバコを1本吹かして別れる。淡々としつつも奇妙な距離感がたまりません。
やがて月日が経ち、ひよりと出会うことはなくなった浦安。
親友を亡くしたことをきっかけに”こいつら”が見えるようになった彼は、とある目的のために行動を開始するのですが、その際の描写がこちら。
世界滅亡が現実になるかどうかと同じだ。結果よりも自分の中で久しぶりに湧いた、生理的欲求以外の何かを為したいという気持ちに、意味があった。
住野よる『歪曲済アイラービュ』 新潮社
たとえ目的が無理矢理に作られたものであってもいい。このまま好きでもないメンソールをつまらない顔して吸いながら骸になるのを待つより、どれだけマシな時間を送れるか。
私はこの浦安の心理描写に、”こいつら”に取り憑かれた人々が活発的になる理由を見出しました。
滅亡が訪れることを知った人々が、これまでできなかったこと、やりたかったことになりふり構わず挑戦していく姿は、まさに、今より「どれだけマシな時間を送れるか」という部分にあるのでしょう。
たとえそれが、怪しげな生命体からの予言によって無理矢理作られた目的であっても、人々は悔いを残したまま消えたくはないものです。
私たちの住む現実世界で本作と同じ事件が起きてしまえば、紛うことなき悲劇となるでしょう。
やけになった人々は街を荒らし、本来それを咎める司法機関に所属する方たちですら、狂気に呑まれないとは言い切れません。
ですが、もし私たちに”こいつら”が見えたら、このまま世界が滅びるまで、これまでと同じ生活を送れるでしょうか?
大切な人に想いを告げたい、やり残したことを目一杯やりたい、辛すぎる仕事とおさらばしてパーッと騒ぎたい。
そんな悔いを残さないように、日々を大切に生き抜くこと。
明日できなくなるかもしれないことに、挑戦し続けること。
狂気を孕んだエンタメの中に、感触の分かるリアリティを残している本作。それに私たち読者は焦らされつつも、平和な日常に安堵を感じてしまうのです。
おわりに
さて、いかがだったでしょうか。
SNS上では「語りがメインとなる短編が読みづらい」などの意見もちらほら見かけました。この部分には私も同意見ですね…。
しかし、住野よる先生らしさが全開——というよりも大爆発している本作は、ファンであれば間違く楽しめる一冊だと思いました!
それでは今回はこの辺りでお暇といたします。
ご一読いただき、ありがとうございました。