【絵画が紡いだ果てしない愛】赤と青とエスキース/青山美智子

ページの隙間から失礼します。てるまれです。

今回は、2022年本屋大賞第2位作品、青山美智子先生の『赤と青とエスキース』をご紹介します。

目次

はじめに

『赤と青とエスキース』はどんな人にオススメ?

  • 一緒に暮らしている大切な存在がいる人
  • 人の縁が紡ぐ温かい物語を読みたい人
  • 感動と衝撃を同時に味わってみたい人

みなさんは「エスキース」というものをご存知でしょうか?

「エスキース」とは「下絵」のこと。本番の絵を描く前に、構図を取るデッサンのようなもの、らしいです。

小中高と美術の評価がイマイチだった私は、耳にしたこともなかった言葉でした(汗)

本作『赤と青とエスキース』は、オーストラリアの都市・メルボルンで描かれた一枚のエスキースが紡ぐ連作短編です。

青山美智子先生の文体で描かれる、鮮やかでいて心温まる物語たちをご紹介できたらと思います。

小説評価グラフ

てるまれ

下記グラフは、あくまで私個人の評価となります!

あらすじ

メルボルンに留学中の女子大生・レイは、現地に住む日系人・ブーと恋に落ちる。彼らは「期間限定の恋人」として付き合い始めるが……(「金魚とカワセミ」)。額縁工房に勤める空知は、仕事を淡々とこなす毎日に迷いを感じていた。そんな時、「エスキース」というタイトルの絵に出会い……(「東京タワーとアーツセンター」)。一枚の絵画をめぐる、五つの愛の物語。彼らの想いが繋がる時、奇跡のような真実が現れる――。著者新境地の傑作連作短編。

青山美智子『赤と青とエスキース』 PHP研究所

解説レビュー

メルボルンで出会った2人の学生

さて、本作は4つの短編と1つのエピローグからなる連作短編です。

本レビューでは一章『金魚とカワセミ』を中心に語っていきます。

物語の幕が上がったのは、オーストラリアの都市・メルボルン。

メルボルンに留学するも、周囲となじむことができない女子大生・レイ

物憂げな生活を送っていた彼女は、バイト先の先輩である女性・ユリの誘いで参加したバーベキューで、メルボルンに住む日本人に出会いました。

彼の名はブー。画商の息子で、メルボルンのデザインスクールに通っている青年です。

楽天的でいて、稀に陰る表情を見せる不思議なブー。彼から1年間という期限付きの交際を提案されたレイは、冷めた感情でそれを受け入れます。

留学期間が1年間という話を先にしていたこともあって、軽んじられていると思ってしまったのです。

しかし、ブーとの交際はレイに大きな変化をもたらします。

ブーの明るい雰囲気に後押しされるように、改めてメルボルンの美しい街並みを見る目が変わり、仲のいいクラスメイトもできました。

周囲との齟齬が出ても、彼がいること自体が支えになり、レイは知らず知らずのうちに彼に惹かれていくのです。

それを裏付ける印象的な場面が、こちらの2つ。

 そして何かあるとやたら大げさに「Oops!」と叫ぶ。ネイティブがよく使う、ちょっとしたミスをしたときや驚いたときの「おっと!」みたいな意味の擬声語だ。それを聞くと、どういうわけだか私のほうが恥ずかしい気持ちになった。

青山美智子『赤と青とエスキース』 PHP研究所

 それを聞いたユリさんは大げさに笑いながら音を立ててカップを皿に置き、はずみでこぼれたコーヒーを見て「Oops!」と叫んだ。久しぶりに聞いた。嫌悪感よりもおかしさがこみあげてきて、思わず私も笑ってしまった。

青山美智子『赤と青とエスキース』 PHP研究所

これはレイと、彼女のバイト先の先輩であるユリの掛け合いの中で挟まれる心理描写。

前者がブーと出会う前、後者がブーと出会った後のものです。

期間限定の交際を始める以前と以降で、レイの感性が大きく変わっていることが伺えますよね。

元々はユリのことが苦手だったレイ。明るく友好的で、大きな声で笑うユリに対して、無自覚な劣等感を感じていたのかもしれません。

ブーという居場所を与えられたレイは、彼の言葉のひとつひとつに肯定され、次第に人間としての余裕が生まれていったのでしょうね。

こんな会話の節々から、ブーの存在はレイにとって、すでにかけがえのないものになっていると伝わってきました。

恋の始まりと終わり。描かれた絵画

仲を深めていく2人ですが、彼らはこの恋に終わりが来ることを知っています。

なぜならこれは、1年間の期間限定の恋。

時が訪れたなら、お互いのことをすっぱり忘れ去って生きる。そう線引きされた関係だったのですから。

日本への帰国を間近にしたある日、ブーはレイにあるお願いをします。

絵のモデルになってほしい、と。

デザインスクールに通っているブーですが、絵を描きたいと言い出したのは彼の友人であるジャック・ジャクソンという人物とのこと。

どうやらジャックは、レイの綺麗なストレートのロングヘアに魅了されたようです。

そんなこんなで訪れたジャックのアトリエ。レイはブーと見つめ合うよう椅子に腰掛けます。

始まれば終わる。そんな冷めた想いから始めた恋と、その終焉を間近に迎えた2人。

行き場のない感情を抱いたレイの表情が描かれたエスキースは、それは素晴らしい出来栄えでした。

2人の恋の行方はどうなるのか——そう思ったのも束の間、一章は幕を下ろします。

この先は、ジャックによって描かれたエスキースが見ていくことになる、さまざまな物語が描かれていくのです。

てるまれ

えっ!? ここで終わるの!? 2人は一体どうなっちゃうの!? と思った読者は、私だけじゃないはず……。

旅の中で、絵画が見ていったものとは?

レイが描かれたエスキースは、さまざまな場所を旅していき、見るものに何かしらの感情を与えていきます。

二章『東京タワーとアーツセンター』は、絵を飾る額——額縁の職人である青年・空知を主人公とする物語。

三章『トマトジュースとバタフライビー』は、伸び悩む漫画家・タカヤマ剣を主人公とする物語。

四章『赤鬼と青鬼』は、夫と別居して生活を送る50代の女性・茜を主人公とする物語。

持ち込まれた額縁工房に、漫画家の取材の場であるカフェに、夫の本棚にあった雑記の記事の中に。時を超えてエスキースは佇んでいました。

本来、エスキースとは本番の絵を描く前の下地です。しかし、これ以上のものを書く必要がないと思ったジャックは、そのエスキースに『エスキース』という名の作品名を付けて、世に放ったのです。

このエスキースが流れ着く先はどこなのか、そんな謎を追いながら、読者たちは素敵な物語たちに触れていくことになるのです。

各章ともに設定が違っている物語ながら、それらはすべて絶品。読んだ人によって、心揺さぶられる物語が違ってきそうなのも、本作の面白いところです。

てるまれ

青山美智子先生と短編小説、2つの相性は最高なんだなぁ——そんなことを改めて思ったのでした。

作品名と各章に隠された”とある共通点”

大きなネタバレにならないだろうということで、私が素敵だなと思ったことも書き記します。

各章のタイトルには、ある共通点が隠されています。各章のタイトルを振り返ってみましょう。

  • 一章『金魚カワセミ
  • 二章『東京タワーアーツセンター
  • 三章『トマトジュースバタフライビー
  • 四章『赤鬼青鬼

赤鬼と青鬼は言わずもがな、金魚やカワセミといえば、それぞれ赤色と青色を連想させる動物です。トマトジュースとバタフライピーなんて、調べてみれば一目瞭然ですよね?

気がつきましたか? 各章はすべて「赤」と「青」を象徴するものになっているのです。なんてお洒落なんでしょう……。

てるまれ

『赤と青とエスキース』。この作品名にも”ある秘密”が隠されています。これはきっと、読んだ人にしかわからないでしょう……ふふふ。

グッときた場面や表現

温かい物語の中に忍ぶ、心を穿つ言葉

青山美智子先生の作品は、グッとくる表現の宝箱だと思っています。

本作もその例に漏れず、素晴らしい表現や描写の数々に舌を巻いてしまいました。

特にグッときたのは、一章でユリがレイに伝えたこの台詞。

「まあでも、誰でも玉手箱を持ってるものなんじゃない? ただ、玉手箱を開けたらあっというまに老人になるっていうのは違うと思うの。そうじゃなくて、箱を開いて過去をしみじみ懐かしんでいるときに、自分が年を取ったことを知るのよ、きっと」

青山美智子『赤と青とエスキース』 PHP研究所

もうね……私の言葉で伝えるのもおこがましいくらい、素敵な表現なんですよね……。

ホッコリ温まる物語の中に、人間の奥底に秘められた感情を覚ましてくれるような言葉をそっと忍ばておく。恐るべき才能と技術です。

サラリと読め、読後感も心地よい。なのに、読み終えた後は、心の底にキラリとひとつ光る「何か」を残して去っていくような、不思議な作品を作る作家さん。それが青山美智子先生なのだと、私は思っています。

「愛」と比例する「夢」の量

本作は「1枚の絵画をめぐる、5つの愛の物語」というテーマが存在しますが、それと同様か、もしくはそれ以上の「夢」が詰まっています。

  • 「愛する人と、何にも縛られずにずっと一緒にいたい」
  • 「あの絵にふさわしい額縁を自分で作り上げてみたい」
  • 「自分の世界に湧き出た物語を、誰かに認めてほしい」
  • 「口には出せない。けれどまた同じ場所で暮らしたい」

これらはすべて、登場人物たちが叶えようとしている「夢」なんですよね。

課された試練を乗り越えた先にある「夢」の結末を、エスキースの在処とともに辿っていく。

くっきりと確かな「夢」を描く熱量と、ひとつの絵画に秘められた謎。これが作品にリアリティを持たせ、より面白いものにしているのではないでしょうか?

おわりに

青山美智子先生は天才ですね。特に、節々で見られる言葉の選び方が本当に秀逸です。

まだまだ未読作品があるのが悔しくもあり、嬉しくもあります。

「いい本ない?」と知人に聞かれた際、しばらく私は本作を推そうと決めました!

去年刊行された『人魚が逃げた』も購入積みなので、そのうちレビューしたいと思います!

それでは今回はこの辺りでお暇といたします。

ご一読いただき、ありがとうございました。

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