【熱狂と渇望逆巻く演劇ロマン】チョコレートコスモス/恩田陸

ページの隙間から失礼します。てるまれです。

今回は、本屋大賞や直木賞などさまざまな賞を受賞されている大作家・恩田陸先生の『チョコレートコスモス』をご紹介します。

目次

『チョコレートコスモス』はどんな人にオススメ?

  • 手に汗握る物語を読みたい人
  • 登場人物の演劇シーンに圧倒されてみたい人
  • 『夜のピクニック』『蜜蜂と遠来』などの次に、恩田陸先生の作品を読みたい人

恩田陸先生は私の大好きな作家さんです。

素晴らしい作品をたくさん世に放っていますが、私は特に『蜜蜂と遠雷』が大好き。

あの神秘性すら感じさせる、息を呑む描写の数々は、読書の世界へまた一歩踏み込んでいくきっかけをくれました。

『光の帝国 常野物語』に収録された短編『国道を降りて…』や、バレエを題材とした長編小説『Spring』など、恩田陸先生は芸術を題材とした小説をいくつか手がけています。

本作は、二人の天才舞台女優にスポットライトを当てた舞台小説です。

素人ながらもおぞましいほどの演技の才能を持つ少女・佐々木飛鳥(ささき あすか)と、天賦の才を持ちながらも自身の居場所に葛藤する女性・東響子(あずま きょうこ)

舞台で躍動する2人の女優のたどり着く結末に、胸が熱くなる一冊です。

脚本家や役者の葛藤、稽古場を包み込む独特な雰囲気、観客の入った舞台に立つ恐ろしさ。あらゆる場面を五感に直接送り込んでくるような描写は、どれも精通していなければ書けないと思うものばかり。

そんな恩田陸先生の描く本作の魅力を、少しでも伝えられたらと思います。

てるまれ

もちろん、演劇の知識に明るくない人でも楽しめる作品です!

てるまれ

下記グラフは、あくまで私個人の評価となります!

芝居の面白さには果てがない。一生かけても味わい尽くせない。華やかなオーラを身にまとい、天才の名をほしいままにする響子。大学で芝居を始めたばかりの華奢で地味な少女、飛鳥。二人の女優が挑んだのは、伝説の映画プロデューサー・芹澤が開く異色のオーディションだった。これは戦いなのだ。知りたい、あの舞台の暗がりの向こうに何があるのかを──。少女たちの才能が、熱となってぶつかりあう! 興奮と感動の演劇ロマン。

恩田陸『チョコレートコスモス』 毎日新聞社・KADOKAWA

脚本家・神谷が見つけた不思議な少女

物語は脚本家である神谷(かみや)の視点で始まります。

脚本を書いていた神谷は、ふと、事務所から見える駅前のロータリーにいたひとりの少女に目を留めました。

整った顔立ちをしているものの、特に目立つ美人というわけでもない少女。

彼女の名前は佐々木飛鳥(ささき あすか)。

やがて、ひとりの女性に目をつけた彼女は、女性の動きを真似始めます。

飛鳥は、観察した対象が分身したと見紛うほど——それこそ、神谷から見て一瞬飛鳥が「消えた」と錯覚してしまうほど、正確に動きをトレースしていました。

彼女の目的とは一体なんなのか。

神谷と読者は、不思議な才能を有する少女の登場に、物語の幕開けと波乱の兆しを感じ取ることでしょう。

場面は一転して、舞台女優・東響子(あずま きょうこ)の視点に切り替わります。

芸能一家に生まれた響子は元来の天才肌気質も相まって、若手随一のスター女優として目覚ましい活躍をしていました。

しかし、誰しもが羨むような疑い用のない才能を持っている響子にも、とある悩みがあります。

その悩みとは、演劇の持つ、果てのない面白さの先へ踏み出す覚悟ができていないこと。

私が感嘆の息を漏らしてしまった、「果てのない面白さ」の作中の表現が以下です。

 至上の快楽を約束するが、最早一生やめることのできない麻薬、やめれば地獄の苦しみが待っている麻薬が目の前にある時、人はどうするものだろう。今使っている薬でさえ凄まじい快感があるというのに、そんな薬を使ってしまったら、この先自分の人生はどうなってしまうのか。快楽と破滅が一体となった予感のあまりの大きさに、大抵の人間は手を出すことを躊躇するのではないだろうか。

恩田陸『チョコレートコスモス』 毎日新聞社・KADOKAWA

胸の高鳴りと恐怖を混ぜこぜにしたような、素晴らしい表現ですよね。

響子はこんな葛藤を抱え、ついぞ踏ん切りのつかない自身の気持ちに、長い間苦しめられていました。

彼女のこの葛藤は、本作における重要なファクターとなっていきます。

佐々木飛鳥と”劇団ゼロ”

場面はとある劇団の活動の様子へ移ります。

梶山巽(かじやま たつみ)は脚本家志望の大学生彼は脚本家として役者の視点も経験しておくべく、脚本を書きながら演劇サークルの役者としても活動していました。

巽の所属する劇団サークルがある大学に在籍していた飛鳥は、「ここのメンバーが、一番面白い顔をしていた」という思わず笑ってしまうような理由で、劇団へ加入を希望します。

劇団のリーダーである新垣(あらがき)が飛鳥に課した入団テストは、実演販売のエチュード。

飛鳥は客を前にしているつもりで、喋りながらモノを売る即興の演技をすることになったのです。

この場面で飛鳥は、その途方もない才能を読者と巽たちに知らしめました。

彼女が販売したのは「実家で飼っている犬」印象的な描写が以下です。

 巽は、ぞっとした。さあっと全身に、くすぐったさにも似た鳥肌が立つのを感じた。
 今、何か通った。
 確かに、それを感じた。まるで、大きな獣みたいな何かが、そばを通って、あの子にぶつかったのだ。

恩田陸『チョコレートコスモス』 毎日新聞社・KADOKAWA

周囲の人間に、芝居をしている人間以外の「何か」をも知覚させてしまうほどの技量。

恐怖、驚き、興奮、嫉妬——さまざまな感情を抱いた巽たちは、仮入団として飛鳥を劇団に迎え入れました。

飛鳥の意見で「ゼロ」という名前に決まった劇団は、旗揚げ公演をするため、本格的に活動を開始します。

てるまれ

何が始まるんだろう、何を見せてくれるんだろう。そんな大いなる期待と不安が読者を包み込みます。

生ける伝説が作る舞台

映画業界の伝説的なプロデューサー・芹澤泰次郎(せりざわ たいじろう)が舞台の世界に戻ってくる。

そんな噂が業界内に飛び交いはじめます。

元々芝居の世界で活躍していた芹澤泰次郎は、気に入った作品を気に入ったスタッフで納得できるまで撮り、場合によっては上映する小屋まで自分で建ててしまうほど、自身の手がける作品にこだわりを持つ人物

もちろん、舞台に出演するキャストも、彼が認めた人物のみ。

しかし、名実ともに若手随一のスター女優である響子には、オーディションへの招集が届いていませんでした。

噂を耳にした響子は、新進気鋭の演出家・小松崎稔(こまつざき みのる)が手掛ける舞台『ララバイ』の公演中でした。

芹澤泰次郎の作品の一次選考オーディション当日。

響子は『ララバイ』で共演中のアイドル・安積あおい(あづみ あおい)や、幼馴染の実力派女優・宗像葉月(むなかた はづき)がオーディションに招集されていることを知ってしまいます。

あおいの挑発めいた視線や、葉月から届いた一次選考へ挑む旨のメールに触発された響子は、それまで抱えていた葛藤が霞んでしまうほどの激情に襲われました。

なんとしても芹澤泰次郎の作る舞台に出たい。かつてない衝動につき動かれれるまま、一次選考オーディションへと乗り込んでいきます。

ここで響子は、あおいや葉月と同じくオーディションに招集されていた飛鳥に出会うことになるのです。

演劇界に現れた天才・飛鳥の物語の行く末は——そして、熾烈なオーディションの果てに、2人の天才女優が得るものとはなんなのか。

てるまれ

思わず震えてしまうほどの物語の結末は、ぜひ皆さん自身の目でご覧ください!

まるで実際に舞台を見ているような臨場感

ここまでのレビューで語ったように、本作は2人の舞台女優のぶつかり合いを描いた小説です。

ですが、本作の一番の魅力は舞台そのものではなく、キャスティングのために開催されたオーディションの部分に詰め込まれていると、私は思っています。

たとえば作中では、オーディションや連日公演で同じ演劇が繰り返し描かれています。

当然、演目は同じ。なので、役者の台詞部分は基本的に変わりません。

けれど、一度読んだから飽きるなんてもってのほか! この部分が本当に面白いんです!

演じる者が違ったり、演じる者の意識が変化していくことで、舞台はこうも色を変えていくのかと思わせてくれるのです。

てるまれ

読み終わった人はきっと、舞台を見に行ってみたくなると思います。私がそうなので……。

模倣する天才・佐々木飛鳥のおぞましさ

突如演劇業界に姿を現した天才・佐々木飛鳥は、本作を面白くするキーマンと言えるでしょう。

飛鳥の「異質さ」の一端には感想部分で触れましたが、私が作中最も唸ってしまった場面を紹介したいと思います。

劇団ゼロの旗揚げ公演後に挟まれる、飛鳥の演技に対しての巽の評価です。

 巽は、自分の台詞を話しながらも、鳥肌を抑えられなかった。自分が造り出したキャラクターが、現実になってしまったという恐怖。フランケンシュタインや、ゴーレムの生みの親になったような気分になった。

恩田陸『チョコレートコスモス』 毎日新聞社・KADOKAWA

いかがでしょう? ほとばしる「異質さ」を物語っている、素晴らしい表現だと思いませんか?

脚本家志望である巽にこうまで言わせるなんて、もやは「才能」と称していいのかも分からないような、おぞましいほどの素質と技量です。

作中にはこうした飛鳥の底知れなさを悟らせる描写が散りばめられていて、読んでいて心臓がバクバクするほどでした。

いやはや……恩田陸先生は毎回新しい世界を読者に見せてくれますね。

演劇に興味がない人でも、本作を読んだ後はきっと、舞台に足を運んでみたくなるはずです。

多少ネタバレが多くなってしまいましたが、本作の一番魅力は女優たちによる演技の部分。

レビューを読んで気になった人は、途方もない熱量で描かれた彼女たちの活躍に、どうぞ目を奪われていただきたい!

それでは今回はこの辺りでお暇といたします。

ご一読いただき、ありがとうございました。

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