ページの隙間から失礼します。てるまれです。
今回は、第23回『このミステリーがすごい!』大賞受賞作品である、土屋うさぎ先生の『謎の香りはパン屋から』をご紹介します。
はじめに
『謎の香りはパン屋から』はどんな人にオススメ?
- 美味しいパンの描写にうっとりしたい人
- 誰も死なないミステリーが読みたい人
- 上質な短編小説が読みたい人
みなさん、朝食は米派ですか? それともパン派ですか?
私は昔から白米至上主義と言っていいほどのご飯好き。お寿司をおかずに白米を食べることもできます(どんな自慢だよ)。
そんな私ですが、本作を読んだ後は出来立てのパンが無性に食べたくなり、思わず近くのパン屋さんを探してしまったんですよね。
本作『謎の香りはパン屋から』は、大阪府豊中市にあるパン屋「ノスティモ」で働く大学1年生・市原小春の視点で描かれる、日常の謎ミステリーの短編集です。
美味しそうなパンの描写+上質な短編ミステリー。そんな魅力的な本作について、解説していきたいと思います。
小説評価グラフ

下記グラフは、あくまで私個人の評価となります!


あらすじ
大学一年生の市倉小春は漫画家を目指しつつ、大阪府豊中市にあるパン屋〈ノスティモ〉でアルバイトをしていた。あるとき、同じパン屋で働いている親友の由貴子に、一緒に行くはずだったライブビューイングをドタキャンされてしまう。誘ってきたのは彼女のほうなのにどうして?
疑問に思った小春は、彼女の行動を振り返り、意外な真相に辿りつく……。パン屋を舞台とした〈日常の謎〉連作ミステリー!
土屋うさぎ『謎の香りはパン屋から』 宝島社
主な登場人物
- 市倉 小春(いちくら こはる)主な登場人物
-
大阪府豊中市にあるパン屋「ノスティモ」でアルバイトをする大学1年生。
漫画家を目指す中で培った観察眼と想像力で、身の周りで起きる謎を解決していく。 - 由貴子(ゆきこ)
-
小春の高校からの親友で、同じく「ノスティモ」でアルバイトをしている。
モデル体型のクール系美人だが、推し活に励むオタク気質な部分も。 - 堂前(どうまえ)
-
「ノスティモ」のオーナー店長。
職人気質で普段は無口だが、パンのことを語りだすと止まらない。 - 福尾(ふくお)
-
「ノスティモ」で働く女性社員。オープニングスタッフ。
大のパン好きで、よく小春にパンに関する雑学を教えている模様。 - レナ
-
「ノスティモ」で働く女子大生。オープニングスタッフ。
自由奔放に振る舞うがパン作りの腕は確からしく、堂前や福尾からは信頼されている。 - 堀田 紗都美(ほりた さとみ)
-
「ノスティモ」のパティスリー(ケーキを作る部門)で働いている女子大生。
透き通るような声の美人で、仕事の手際もいい。小春と同じ大学に通っている。
解説レビュー
パン屋で働く女子大生・市倉小春
本作は5つの章からなる連絡短編ミステリー。
物語はパン屋で働く女子大生・市倉小春の視点で描かれます。
共に大阪に移住してきた親友の由貴子に誘われ、大阪府豊中市にあるパン屋「ノスティモ」でアルバイトを始めた小春。
「ノスティモ」のスタッフは優しくも個性的なメンバーが揃っていました。
昔の職人気質ですが、パンのことを語りだすと止まらないオーナー店長・堂前。
堂前と同じく大のパン好きで、新人にも優しい世話焼きな関西人・福尾
パン作りの腕は確かなものの、自由奔放を体現した振る舞いをする女子大生・レナ。
売れ残りのパンが貰える「ノスティモ」のアルバイトを気に入っていた小春ですが、彼女の身の回りでは思わず首を傾げてしまうような出来事がたびたび起こります。
そう。本作の探偵役は「パン屋でアルバイトをする女子大生」なんです。
読者はなんとも珍しい設定に心踊らされながらも、小春の推理を楽しんでいくことになるのです。



作品を読み進めていくうちに、きっと読者も「ノスティモ」で働きたい! と思ってしまうはず!
小春の観察眼と鮮やかな推理
さて、そんな「パン屋でアルバイトする女子大生」が如何にして謎を解いていくのか。
それは小春の夢と密接に関係しています。
小春の夢は漫画家。彼女は「ノスティモ」でアルバイトをし大学生活を送る傍ら、自身の描いた漫画を新賞に応募し続けていました。
やはり漫画家への道は狭き門なのか、その努力はなかなか実ることはないようです……。
しかし、漫画家を目指す中で彼女が培っていった観察眼や想像力は、本作の推理に遺憾無く発揮されていきます。
本作を読んだ人が皆、「おおっ!」と声を上げたであろう描写がこちら。
——その瞬間、焼き上がったパンのように、頭の中で描いていた思考が一気に膨らんだ。
土屋うさぎ『謎の香りはパン屋から』 宝島社
上記の描写は、各章で小春が推理を完成させた時に毎回挟まれます。
要は、ミステリー小説における探偵の「謎はすべて解けた!」的な決め台詞に当たるものです。
この部分を読んだ時、「見事だなぁ」と感嘆のため息が漏れてしまったんですよね。
だって、本作の探偵役である小春は「パン屋で働いている」んですよ?
そんな彼女が何かを閃いた時に使う描写として、これほどベストマッチするものはないじゃないですか!
万人に好まれるであろう、上質で優しい短編の数々
珍しい設定の本作ですが、間違いなく万人に好まれる小説だろうな、と私は思いました。
各短編はちょうどいい長さでありながら、しっかりとミステリーらしさを残しています。
ですが、本作は日常のふとした疑問を解明していくミステリー。所謂「日常の謎」と呼ばれるジャンルです。
故に、誰一人として死にませんし、ミステリーにありがちな陰鬱な雰囲気もありません。
主要人物に嫌なキャラクターがいないことも、それに拍車をかけています。
それだけでなく、各章のタイトルにもこだわりが見えるんですよ。
本作を開いてすぐに見ることができる目次。そこに書いてある各章のタイトルがこちら。
- 第一章 焦げたクロワッサン
- 第二章 夢見るフランスパン
- 第三章 恋するシナモンロール
- 第四章 さよならチョココロネ
- 第五章 思い出のカレーパン
どうでしょう? とても可愛いタイトルたちですよね!
可愛らしいだけでなく、各章のタイトルに使われているパンは物語と密接に関わってきます。
また、各章の最後には、小春が先輩スタッフである福尾から教えられたパンの雑学が挟まれます。これがまた面白い。
この雑学を踏まえて語られる、本編の出来事への小春の見解。これも本作の大きな見どころのひとつだと思います。



こんな目次、見ただけでお腹が減ってちゃいますよね!
グッときた場面や表現
節々で描かれる美味しそうなパンの描写
本作を読んで語らずにはいられないのは、なんと言っても「パンの描写」たちでしょう。
たとえば、第二章『夢見るフランスパン』で、小春がフランスパンを作る場面の描写の一部がこちら。
まずは発酵させたフランスパン用の生地を、冷蔵庫から取り出し、スキッパーで切り分ける。この生地は他のパンに使うものより、粘度があってずっしりと重い。
土屋うさぎ『謎の香りはパン屋から』 宝島社
フランスパンの成形は、丸めるだけのくるみパンと違って格段に難しい。生地を軽く叩いてガスを抜き、平べったくしてから、折り畳み転がし棒状にする。均一な厚みと規定の長さにするのが、なかなかどうして大変だ。
土屋うさぎ『謎の香りはパン屋から』 宝島社
著者の土屋うさぎ先生は、パン屋で働いていた経験があるんじゃないか?
思わずそう考えてしまうほど、パン作りの描写ひとつひとつへのこだわりを感じます。
こうして出来上がったパンを食べる場面などは、「今すぐにでもパンを食べたい!」という気持ちにさせてくれました!
パンを作る、並べる、売る、渡す——そして、食べる。
主人公がパン屋でアルバイトをしているという設定だからこそ、こういった描写が強調され、より読者は没入できるのです。
また、グルメ+○○の形で描かれる作品は世にたくさん放たれていますが、なぜ人々はそれらに魅力を感じてしまうのかを伝えてくれる場面もありました。
その気持ちは、私にも覚えがあった。塾の帰りに買い食いした唐揚げ串や、漫画の原稿を完成させた夜に買ったハーゲンダッツ。食べ物には空腹を満たすだけでなく、心も満たし、支えてくれる力がある。
土屋うさぎ『謎の香りはパン屋から』 宝島社
現在ダイエット中のために控えていますが、私は無類のラーメン好き。
だからこそ、この部分には首を縦に振ってしまうくらい納得したんですよね。
「食の力」って本当に凄いんです。距離的にとても遠い場所にだって、その土地の名物を食べたいって気持ちだけで向かわせてしまうような力がありますから。
私たち読者が本作を魅力的に思える理由のひとつには、間違いなくこの「食の力」があると思うのです。
明るい物語の裏にある、人々の真剣な悩み
「日常の謎」系ミステリーである本作。
解説レビューで語らせてもらったように、人は死にませんし、心温まる物語ばかりです。
あらすじでも紹介されている、第一章『焦げたクロワッサン』。
この物語は、小春の親友である由貴子が、一緒に行くはずだった舞台のライブビューイングをドタキャンしてしまった、という謎を解明するまでが描かれます。
一様に「推し」といっても、人によって熱量は違うものです。
しかし、舞台に出演する「ハセピー」というキャストは、由貴子が限定グッズを収集するほど推している俳優。
しかもドタキャンした理由は、先輩からシフトを代わってもらうよう頼まれたという、なんとも言えないものだったのです。
この短編だけでなく、他の短編もこうした日常的に「なぜ?」と疑問を抱くような謎ばかりなのですが、その明るい物語の裏側には、人々の真剣な悩みがきっちりと描かれていました。
その際たるものは、第五章『思い出のカレーパン』と『エピローグ』で描かれます。
各短編で貼られていた伏線を最終章で回収し、ひとつの大きな謎が解ける。
これぞ連作短編ミステリーの醍醐味であり、著者の土屋うさぎ先生に「さすが!」と声を大にして伝えたい部分です!



巻末の選評や帯書きの瀧井朝世さんのお言葉に「ミステリ短編集における読者のもてなし方を分かっている」というものがあり、まさにそう! と頷いてしまいました。凄まじい語彙力に脱帽です……。
おわりに
さて、いかがだったでしょうか?
著者の土屋うさぎ先生は、なんと漫画家としても活動していらっしゃるみたいです!
こんなに文才があるのに可愛らしいタッチの漫画も描けるなんて、つい嫉妬しちゃいそうになりますね。
土屋うさぎ先生には、小説家・漫画家の二刀流として活躍していってほしいと思います!これからさきも要チェックの作家さんですね。
それでは今回はこの辺りでお暇といたします。
ご一読いただき、ありがとうございました。